元国税審判官による所得税法のColumn(No.12)-「非課税所得」とは?④
「所得税法は難しい」。前回(11月18日記事)に続き、年金払いの生命保険金の取扱いについて争われた年金二重払い事件の最高裁判決の与えた影響について検討します。今回は、最高裁判決によって、保険会社が支払う年金等に係る源泉税の規定が改正された内容について見ていきます。
源泉徴収を巡る問題点
本最高裁判決は、「本件年金の額は、全て所得税の対象とならない(筆者注:本件では、相続開始直後に支給された第1回目の年金の課税関係が争われました)から、これに対して所得税を課することは許されない。」と判断しながら、他方で、「所得税法207条所定の生命保険契約の年金の支払をする者は、当該年金が同法の定める所得として所得税の課税対象となるか否かにかかわらず、その支払いの際、その年金ついて同法208条所定の金額を徴収し、これを所得税として国に納付する義務を負う。」として、「B生命が本件年金についてした同条所定の金額の徴収は適法であり、徴収金額を算出税額から控除し又は全部若しくは一部の還付を受けることは許される。」と判示しました[1]。すなわち、課税対象とならない年金に係る源泉徴収の控除及び還付を認めたことになりますが、そもそも非課税所得に対してされた源泉徴収税額を還付することは、わが国の確定申告書の仕組みでは予定されておりません(所法138①)し、仮に源泉徴収税額の誤徴収があった場合は、源泉徴収制度における支払者(源泉徴収義務者)と受給者との間の法律関係により調整される仕組みとなっていますので、国側が直接原告に源泉徴収税額を還付することはできないはずです。これについては、当時の野田佳彦財務大臣が指示をして、国の還付請求権の5年の消滅時効(通則法74条)にかかわらず、還付を可能とする特例措置を採用したようです[2]。
ところで、最高裁判決以後に生起する年金に係る源泉徴収税の問題を解決するため、平成23年度の税制改正において、所得税法209条が改正され、以下に掲げる契約に基づく年金については、源泉徴収を要しないこととされました(所法209二、所令326⑥)。
- 年金受取人と保険受取人とが異なる契約(➂の団体保険に係る契約を除く)のうち、その契約に基づく保険金等の支払事由が生じた日以後において(下線筆者)、その保険金等を年金として支給することとされた契約以外のもの(所令326⑥一)
- 年金受取人と保険受取人とが同一である契約のうち、その契約に基づく保険金等の支払事由が生じたことによりその保険契約者の変更が行なわれたもので、その支払事由が生じた日以後において(下線筆者)、その保険金等を年金として支給することとされた契約以外のもの(所令326⑥二)
- 団体保険[3]に係る契約であって、被保険者と年金受取人が異なるもののうち、その契約に基づく保険金等の支払事由が生じた日以後において(下線筆者)、その保険金等を年金として支給することとされた契約以外のもの(所令326⑥三)
上記各号の規定振りは分かりづらいと思われますが、下線を引いた箇所から判別できるように、保険金の支払事由が生じた日より以前に年金として支給されることとなっている契約は全て源泉徴収の対象外ということになります。したがって、相続等に係る保険年金の支払いを受ける者が、平成25年1月1日以後に支払を受ける当該年金については、源泉徴収の適用はなく、所得税の課税対象となる部分については確定申告により税額を精算しなければならなくなりました[4]。
(文責) 公認会計士・税理士 霞 晴久
[1] 藤谷武史『生保年金二重課税最判の租税手続法上のインパクト―源泉徴収・還付を中心に』ジュリスト(No.1410 2010年11月1日)29頁は、「本件の控訴審判決〔中略〕は、本件年金に係る所得が非課税所得に該当しないという国側の主張を容れて、原告の請求を容認した第1審判決〔中略〕を取り消したため、国側の提起した上記問題(筆者注:そもそも源泉徴収自体が誤りであったか否か)に応える必要はなかった。翻って本件判決は、本件年金〔中略〕の全額が法9条1項15号(現16号)にいう非課税所得に当たると判断したため、国側の上記主張にも応答する必要を認めたものと推察される。」と述べている。
[2] 藤谷・前掲書28頁
[3] ここでいう団体保険とは、普通保険約款において、団体の代表者を保険契約者とし、その団体に所属する者を被保険者とする保険をいう。
[4] 『平成23年度 改正税法のすべて』199頁参照。