元国税審判官による所得税法のColumn(No.11)-「非課税所得」とは?③

「所得税法は難しい」。前回(10月22日記事)に続き、年金払いの生命保険金の取扱いについて争われた年金二重払い事件の裁判例について、審級に従い、各裁判所の判断の相違点を比較いたします。特に最高裁判決は、ファイナンスの理論を正面から認めた画期的な判決であると肯定的に評価されています。

控訴審判断のロジックと適切性について

前回述べたように、本件の控訴審である福岡高裁の判断は、相続の対象となった年金払いの生命保険については年金受給権とし、その後に支給される毎年の年金を支分権として区分し、それぞれについて別途相続税と所得税の課税対象としたもので、従前の課税実務に沿うものでした。

ここで用いられている考え方を理解するには、土地の相続の場合と比較すると分かりやすいと思われます。仮に、妻が亡き夫が保有していた土地を相続したとして、相続人である妻の相続財産に算入される当該土地の相続時評価額は、年金払いの生命保険の場合でいう年金受益権に相当します。また、その後、相続人である妻が当該土地を他に譲渡した場合の譲渡価額が、年金払いの生命保険の場合でいう支分権に相当すると考えるのです。原則として、相続した土地を譲渡した場合の土地の取得費は、被相続人の土地の取得費を引継ぐので、相続人が実現した譲渡所得には、被相続人である夫の当該土地の保有期間における含み益部分が含まれており、相続人である妻が当該土地を手放した時に、清算課税説[1]に基づき、全ての譲渡益を清算して課税されるのです。本件においても、所轄税務署長は、本件更正処分等を行う際、本件年金の額から、夫Aの既払い保険料に基づく必要経費9万2,000円を控除した220万8,000円をXの平成14年分の雑所得と認定しました。

しかしながら、土地の相続と年金払いの生命保険の場合決定的に異なるのは、相続した土地を相続人である妻が譲渡するか否かは、全く任意であることであり、譲渡の時期によっては、妻の保有期間の値上がり益の方が大きい場合も想定されるので、当該土地相続時の相続税評価額と、その後の当該土地の譲渡価額の相互の関連性・連続性は必ずしも高くはないといえます。一方、本件年金受給権とは、毎年支給される年金の現在価値に他ならないため、第一審判決及び最高裁判決がいうように、「実質的、経済的に見れば同一のものと評価される」資産について、方や年金受給権とし、他方は支分権として、両者は法的に異なるものだからといって、それぞれに相続税及び所得税を課税するというのは、万人の共感を得られるものではないと思われます[2]

第一審判決と最高裁判決の相違点

控訴審判決と異なり、第一審判決と最高裁判決は、本件受益権とその後に支給される年金について、実質的・経済的には同一の資産について二重に課税することになるとし、従来の課税実務を否定しました。第一審判決では、将来支給される年金の現在価値である本年年金受給権がすでに課税対象とされている以上、その後実現した年金自体にはいかなる課税も及ばないとしたのに対し、最高裁判決では、毎年の年金(230万円)を①元本部分と、②その運用益に分け、②については所得税の課税対象としました。すなわち、原告Xが仮に、本件年金(230万円X 10年間=2,300万円)を一時金で受領することを選択していれば、当該一時金の評価額は本件年金を現在価値に割引いた年金受給権の額(1,380万円)そのものであり、年金の現在価値である1,380万円を元本とし、最終的には10年間で2,300万円支給されることから、差額の920万円を元本の運用益として、当該運用益部分について所得税の対象としたのです。

以上、各裁判所の判断をまとめると以下の表のように整理されます。

税目相続税所得税所得税
権利の内容年金受給権支分権の元本部分支分権の運用益部分
長崎地裁課税非課税同左
福岡高裁課税課税同左
最高裁課税非課税課税

第一審判決及び最高裁判決は、法的分析にファイナンス理論を導入したといわれています[3]が、そもそも相続税に係る財産評価の分野では、年金として受給される資産の評価について現在価値に割引くというファイナンスの考え方は既に導入済みであり、その意味で最高裁の判断は当然の帰結と考えられます。

運用益部分の課税方法

最高裁判決では、本件年金の元本部分には相続税が課税済みであり、旧所得税法9条1項15号により所得税が非課税となると判示し、本件で問題となった第1回目年金230万円は、相続開始から時間的経過のないまま支給されたことで、年金全額が元本部分と判断し、運用益ゼロとして所得税は課税されないと結論付けられました。 そこで問題となるのが、第2回目以降の年金の運用益部分のどのように課税するかですが、最高裁判決は、運用益の各年度への配分につき、年金受給権を、満期が異なる複数の割引債の束であると見立て、運用益が逓増していく方法を採用しました。現在では、本件最高裁判決を受け、相続等により取得した年金受給権に係る生命保険契約等に基づく年金に係る雑所得の計算については、支払を受ける相続税等保険年金の金額を相続税の課税対象部分と所得税の課税対象部分に分ける計算方法が導入されています(平成22年の所令185の新設)。

(文責) 公認会計士・税理士 霞 晴久


[1] 「譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものである」(最高裁一小昭和43年10月31日判決)等を参照。

[2] 三木義一『最高裁年金二重課税判決の論理と課題』税経通信2010年9月号22頁では、「本件で国はその論拠を、もっぱら年金受給権という基本権と年金という支分権との違いに求めた。しかし、この論理は常識人を納得させるものではない。むしろ詭弁ともいえる論拠になってしまっている。だからこそ、最高裁では全員一致で否定されてしまったのである」と述べている。

[3] 中里実教授は、「本件最高裁判決は、解釈論を展開する際に現在価値の概念に言及しており、経済学の理論やファイナンスの理論が実定法的にも実務的にも重要な意味を有するという点を正面から認めた画期的な判決であると評価することができる」(ジュリストNo.1410 号2010年11月1日19頁)と述べている。

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