元国税審判官による所得税法のColumn(No.5)-「権利確定主義」と「管理支配基準」

「所得税法は難しい」。収入の帰属について、一律に「権利確定主義」で規律できればそれに越したことはありませんが、事案によっては、「管理支配基準」によって把握せざるを得ないものもあります。今回はこの両者の関係について検討します。

所得税法上、収入の帰属について、権利確定主義を用いて一律に判断できれば問題ありませんが、権利確定主義ではうまく対応できない事案もあり得ます。金子宏教授は、「権利の確定という『法的基準』ですべての場合を律するのは妥当ではなく、場合によっては、利得が納税者のコントロールの下に入ったという意味での『管理支配基準』を適用するのが妥当な場合もある」[1]と述べ、権利確定主義を原則的基準とし、権利確定主義が妥当しえない例外的な場合に適用するものとして管理支配基準[2]を位置付けられています。ここでいう権利確定主義が妥当しえない場合の裁判例として、①利息制限法制限超過利息事件(本稿第2回参照)、②農地の譲渡につき閉じの許可があった年度以前に譲渡代金を収受し確定申告した事案(最判昭和60年4月18日・月報31巻12号3147頁)、➂係争中の賃料増額請求権により仮執行宣言付き判決に基づき金員を収受した事案(賃料増額請求事件 最判昭和53年2月24日・民集32巻1号43頁)などがあります。

上記①の最高裁判決[3]は、違法所得ともいうべき利息制限法超過利息・損害金について課税所得になるかという争点に対し、(i)実際に現金等として収受された場合と、(ii)未収のまま履行期が到来した場合の2つに分け、(i)は元本に充当したものとして処理しないかぎり所得となり、(ii)は「収入実現の蓋然性」がなく、未収である限り、収入すべき金額に該当しないと判示しました。その性質が違法なものである利息等について、最高裁は、その『権利』が私法上無効であるような場合には、そもそも『権利の確定』を見る余地がないことから、税法上収入と判定されるか否かにつき、権利の有無はそもそも問われないと判断し[4]、そこで、「収入実現の蓋然性」という概念を持ち出し、それに従って判断することで、結果的に管理支配基準の考え方を導き出したと思われます。

上記②の事例では、知事の許可があるまでは譲渡の権利が法的に確定せず、権利確定主義によれば、代金の収受があった年分には譲渡収入は帰属しえないことになるが、知事の認可に先立ち農地の引渡しと代金の授受が完了し、譲渡人が自らそれを所得として申告しているような場合には、管理支配基準を適用してよいとされました。また➂の事例では、住宅の賃貸契約等の対価について争いが生じている場合には、和解や確定判決を得た段階で初めて権利が確定するが、例えば、下級審裁判所の仮執行宣言付き判決に従い最終決着前に対価の支払があった場合には、管理支配基準を適用すべきと判示されました。

このように、収入金額の帰属年度の判定基準として、権利確定主義と共に管理支配基準を観念することにつき、学説及び裁判例もこれを支持しています。問題は、両者の関係をどのようにとらえるかについてです。これについては前出の金子教授のように、権利確定主義を原則とし、権利確定主義が妥当しえないような例外的な場合に管理支配基準を主張すべきとする論者と、権利確定主義と管理支配基準は、二者択一的なものではなく、むしろ後者は前者に包含されるものであると考える論者との学説上の対立があります。(続く)


[1] 金子『租税法』312頁。

[2] 佐藤英明教授は、「権利確定主義と管理支配主義は、ともに発生主義の1つの類型(発生主義の具体的な姿の例)であり、現行法上は、原則と例外の関係にある。つまり、発生主義、権利確定主義、管理支配主義の3つは並列の関係ではなく、発生主義と他の2つとでは論理的に次元が異なる。したがって、誤解を避けるためには、たとえば、権利確定『主義』、管理支配『主義』という用語に変えて、権利確定基準と支配管理基準という用語を使うのが適切であるように思われる」(『スタンダード所得税法〔第2版〕』2016年 弘文堂252頁)と述べる。本稿では、多くの裁判例に倣い「権利確定主義」はそのままとし、一方の対立する概念を「管理支配基準」と呼ぶこととする。

[3]最高裁昭和46年11月9日第三小法廷判決・民集25巻8号1120頁。

[4]可部恒雄「利息制限法による制限超過の未収の利息・損害金に対する課税の可否」最高裁判所判例解説(民事篇 昭和46年度)668-669頁参照。

(文責) 税理士・公認会計士 霞 晴久

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